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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)11173号 判決

兵庫県宝塚市〈以下省略〉

原告

X1

右同所

原告

X2

兵庫県西宮市〈以下省略〉

原告

X3

右同所

原告

X4

兵庫県宝塚市〈以下省略〉

原告

X5

右同所

原告

X6

右両名法定代理人親権者父

X1

同母

X2

原告ら訴訟代理人弁護士

井口博

東京都千代田区〈以下省略〉

被告

大和證券株式会社

右代表者代表取締役

奈良市〈以下省略〉

被告

Y1

被告ら訴訟代理人弁護士

阿部幸孝

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一申立

一  原告ら

1  (主位的請求)

(1) 被告らは各自、原告X1(以下原告の表示は名のみで表す)に対し、一〇六五万二〇五一円、同X2に対し、一八二万一九三三円、同X3に対し、一八六万〇六四八円、同X4に対し、二六〇万四五四四円、同X5に対し、四〇三万一六四八円、同X6に対し、二九八万一七七一円及びこれらに対する平成四年五月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(予備的請求)

(2) 被告らは各自、原告X1に対し、一二八二万三〇二〇円、同X2に対し、四二八万八九八一円、同X3に対し、六九万五五六九円、同X4に対し、七五万〇一八七円、同X5に対し、二〇四万六五三二円、同X6に対し、一三四万〇九七五円及びこれらに対する平成二年三月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  第1項(1)につき仮執行宣言

二  被告ら

主文同旨の判決

第二主張

一  請求原因

(主位的請求原因)

1 当事者

被告大和證券株式会社(以下「被告会社」という)は、株式の売買、株式の売買の媒介等を主たる営業目的とする株式会社であり、被告Y1(以下「被告Y1」という)は被告会社の社員として、同被告豊中支店で右業務に従事していた者であって、原告らはその顧客である。

2 原告らと被告会社との取引

原告X1は、昭和五七年三月ころから被告会社豊中支店と証券取引を開始し、その後他の原告らも同様に取引をするようになったが、実質的には原告X1が取引の判断を任されていた。

その後昭和六二年七月ころ、被告Y1が原告らの担当者となったが、その時点で原告らは被告会社に対し、それぞれ次のとおりの金員ないし保有証券(以下「保有証券等」という)を預託していた。

原告X1 三〇三〇万六五三五円

原告X2 三二六万二七〇〇円

原告X3 二四六万五五〇〇円

原告X4 三七〇万三〇〇〇円

原告X5 六七八万七一六二円

原告X6 四一八万四九五〇円

3 被告Y1による無断売買

(1) ところが、被告Y1は、昭和六二年七月ころから多数回にわたり原告らから何らの指示がないまま無断売買を繰り返した。この間原告らは被告会社豊中支店から送付されてくる売買報告書等につき一切返信しないことはもちろん、無断売買を直ちに止めるよう被告Y1に申し入れたが、同被告はこれを無視して続けた。そのため原告X1は平成二年九月初めころから同支店に直接赴くなどして無断取引の中止を申し入れた。しかし同支店支店長及び被告Y1は無断売買の事実は認めたものの、原告らの預託金返還に応じなかった。

(2) そこで原告らは、平成四年四月ころ、弁護士に相談し、同年五月一二日付けで預託金の返還を求める書面を被告らに送付し、右書面は同月一三日被告らに到達した。

4 被告らの責任

(1) 被告Y1は、被告会社の社員として、前記のとおり無断売買を行ったもので、その無断売買の効果は顧客である原告らに帰属しないから、被告らは無断売買当時の保有証券等の価額に当たる金額を支払う義務がある。

(2) また被告Y1の右行為は、顧客の承諾なく証券取引を行って顧客に損害を与えたものであるから債務不履行ないし不法行為であって、被告らは原告らにその損害を賠償すべき義務がある。

5 損害額

(1) 前記の昭和六二年六月三〇日現在の保有証券等の価額に、金利(返還を求める書面が到達した平成四年五月一三日まで少なくとも四年が経過しているので、それぞれの預託金を元金として年六分の複利で計算)を加えた額から、出金額を控除した額が損害額というべきである。

① 原告X1について

ア 保有証券等の価額 三〇三〇万六五三五円

イ 金利を加算した額 三八二六万一三〇二円

ウ 出金額 二八五七万七六一九円

エ 損害額 九六八万三六八三円

② 原告X2について

ア 保有証券等の価額 三二六万二七〇〇円

イ 金利を加算した額 四一一万九〇八三円

ウ 出金額 二四六万二七八〇円

エ 損害額 一六五万六三〇三円

③ 原告X3について

ア 保有証券等の価額 二四六万五五〇〇円

イ 金利を加算した額 三一一万二六三六円

ウ 出金額 一四二万一一三七円

エ 損害額 一六九万一四九九円

④ 原告X4について

ア 保有証券等の価額 三七〇万三〇〇〇円

イ 金利を加算した額 四六七万四九五二円

ウ 出金額 二三〇万七一八四円

エ 損害額 二三六万七七六八円

⑤ 原告X5について

ア 保有証券等の価額 六七八万七一六二円

イ 金利を加算した額 八五六万八六三五円

ウ 出金額 四九〇万三五〇〇円

エ 損害額 三六六万五一三五円

⑥ 原告X6について

ア 保有証券等の価額 四一八万四九五〇円

イ 金利を加算した額 五二八万三四〇二円

ウ 出金額 二五七万二七〇一円

エ 損害額 二七一万〇七〇一円

(2) 弁護士費用

原告らは本件訴訟を提起せざるを得ず、そのために原告ら代理人と委任契約を締結し、原告ら認容額の一割を報酬として支払う旨を約した。そこで、右弁護士費用は、原告X1につき九六万八三六八円、原告X2につき一六万五六三〇円、原告X3につき一六万九一四九円、原告X4につき二三万六七七六円、原告X5につき三六万六五一三円、原告X6につき二七万一〇七〇円となる。

6 よって、被告らは各自、原告X1に対し、一〇六五万二〇五一円、原告X2に対し、一八二万一九三三円、原告X3に対し、一八六万〇六四八円、原告X4に対し、二六〇万四五四四円、原告X5に対し、四〇三万一六四八円、原告X6に対し、二九八万一七七一円及びこれらに対する平成四年五月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める。

(予備的請求原因)

1 主位的請求原因1ないし4と同じ

2 仮に被告Y1が昭和六二年七月以降に無断売買をしたという事実が認められないとしても、次の事実によれば、平成二年三月二八日以降になされた取引は同被告が無断でなしたものというべきである。

被告会社の担当が被告Y1に替わってから、注文したことのない取引報告書等が送られてくるので、原告X1は被告Y1に対し、その都度電話で無断取引をやめるよう抗議したが、同被告はこれをやめなかった。

そこで平成二年三月ころ、原告X1は、被告Y1にこのまま取引させておくことに大変不安を感じ、取引をやめて全額引き出そうと考え、同被告に「今引き出せるお金はどれくらいあるか」と尋ねたところ、同被告から「今凍結(クローズド)期間のものがあるので、一〇〇〇万円ぐらいなら引き出せます」という答えであったため、同月二八日に原告X1は被告Y1から現金一〇〇〇万円を受け取り、その際同被告に対し、「もう今後、取引は全部解約するので、早く全部持ってきてほしい」旨述べた。

しかし、被告Y1は、原告X1が右のとおりはっきりと一切の取引をやめるように言ったにもかかわらず、全く何の連絡もしないまま、その後も無断取引を続けた。

3 損害額

(1) 右のとおり平成二年三月二八日以降からの分が無断売買だとすると、同月二九日時点の保有証券等の価額合計から、それ以降の出金額を控除した額を損害額というべきである。

① 原告X1について

ア 保有証券等の価額 二三〇五万二四六四円

イ 出金額 一一三九万五一七三円

ウ 損害額 一一六五万七二九一円

② 原告X2について

ア 保有証券等の価額 六三四万二一八八円

イ 出金額 二四四万三一一四円

ウ 損害額 三八九万九〇七四円

③ 原告X3について

ア 保有証券等の価額 三七三万一〇七〇円

イ 出金額 三〇九万八七三四円

ウ 損害額 六三万二三三六円

④ 原告X4について

ア 保有証券等の価額 三九四万二七四七円

イ 出金額 三二六万〇七五八円

ウ 損害額 六八万一九八九円

⑤ 原告X5について

ア 保有証券等の価額 四七六万二三六五円

イ 出金額 二九〇万一八八一円

ウ 損害額 一八六万〇四八四円

⑥ 原告X6について

ア 保有証券等の価額 四九三万八九八五円

イ 出金額 三七一万九九一六円

ウ 損害額 一二一万九〇六九円

(2) 弁護士費用について

原告らは、前記のとおり原告ら代理人に本件訴訟の提起を委任し、その報酬として認容額の一割を支払う旨約したところ、右額は原告X1につき一一六万五七二九円、原告X2につき三八万九九〇七円、原告X3につき六万三二三三円、原告X4につき六万八一九八円、原告X5につき一八万六〇四八円、原告X6につき一二万一九〇六円となる。

4 よって、被告らは各自、原告X1に対し、一二八二万三〇二〇円、原告X2に対し、四二八万八九八一円、原告X3に対し、六九万五五六九円、原告X4に対し、七五万〇一八七円、原告X5に対し、二〇四万六五三二円、原告X6に対し、一三四万〇九七五円及びこれらに対する平成二年三月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(主位的請求原因について)

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実のうち、原告らが被告会社豊中支店との間で取引をし、取引口座を開設したこと、昭和六二年七月ころ,被告Y1が原告らの担当となったことは認める。

3 同3(1)の事実のうち、被告Y1が無断売買を繰り返したとの点及び原告らの中止の申入れを無視して続けたとの点は否認する。

同(2)の事実のうち、原告ら主張の書面が被告らに到達したことは認める。

4 同4、5は争う。

(予備的請求原因について)

1 請求原因1の認否は、主位的請求原因と同じ

2 同2の事実のうち、原告X1が平成二年三月二八日に被告Y1から現金一〇〇〇万円を受け取ったことは認めるが、その際同原告から取引は全部解約する旨の発言があった点及び同被告がその後も無断取引を続けたとの点はいずれも否認する。

3 同3は争う。

三  被告らの主張

1  被告Y1は、原告らの了解の下に証券取引を行い、その結果も報告しているし、また被告会社では取引が成立した当日又は翌日には取引報告書を送付する制度となっており、原告らに対しても取引の都度、取引報告書を送付して取引の内容を告知していた。

さらにまた、原告らに対しては、一週間分の取引を翌週の初めに、また平成元年七月からは取引の都度取引明細書を送付しているし、毎年二月末、八月末には残高照合通知書を送付するなどしており、原告らが所有する商品の変化を知るようにしており、被告Y1が原告らの全く知らない間に取引を繰り返すということはなし得ない。

2  原告らは、被告会社が預った金員に対して、年六パーセントの割合による利息金を付加してその返還を求めているが、仮に預り金が存在するとしても、利息金を付さないことは原告らも了承していた。

四  被告らの主張に対する原告らの反論

被告らは取引報告書や取引明細書の送付をもって了解があったと主張するが、原告X1は当初より自分の知らない取引がなされていることについて無断取引であるとして、被告らに抗議していたのである。

したがって、原告らは、被告会社に対し、月次報告書への回答をしていない。

理由

一  主位的請求原因1の事実、同2の事実のうち、原告らが被告会社豊中支店との間で取引をし、取引口座を開設したこと、昭和六二年七月ころ被告Y1が原告らの担当となったことはいずれも当事者間に争いがない。

右事実に、甲第一号証、乙第一ないし第六号証、原告X1本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告X1はa経営学部を卒業してから企業を対象とした経営全般についてのセミナーの企画立案をする株式会社bに勤務した後、株式会社cの代表取締役として進学塾を経営するようになったこと、同原告は被告会社豊中支店との間で、昭和五七年三月一八日に取引口座を開設したこと、その後原告X2は昭和五八年一〇月四日に、原告X3は昭和六〇年三月七日に、原告X4は昭和五八年七月一三日に、原告X5は昭和五七年一一月九日に、原告X6は昭和五八年九月七日にそれぞれ被告会社との間で取引を開始したこと、原告X2は原告X1の妻、原告X4、同X3は原告X1の親、原告X5、同X6は原告X1の子(未成年)であり、被告会社との取引については原告X1が他の原告らから取引の判断を任されており、専ら原告X1が被告会社の担当者と交渉をしていたこと、被告会社の当初の担当者はBであったが、同人と原告らとの間の取引はさしたるトラブルもなく推移していたこと、その後昭和六二年七月に原告らの担当者が右Bから被告Y1に交替したこと、原告らの最後の買付は原告X1について平成二年六月四日、同X2について同年五月一五日、同X3について平成元年一二月一三日、同X4について平成二年二月一四日、同X5について同年五月一六日、同X6について同月二九日であり、原告らと被告会社との取引は平成四年四月にはすべて終了したことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。

二1  乙第一ないし第六号証及び弁論の全趣旨によれば、原告らが昭和六二年六月三〇日時点で被告会社に預けていた保有証券等は次のとおりであったことが認められる。

(1)  原告X1について

① 八六-〇五ユニット国債型 二五六万円

② 八五-〇九ユニット株式型 五八万円

③ 八五-一一ユニット株式型 七万円

④ 八六-七ユニット株式型 一〇四万円

⑤ 八七-〇四ユニット株式型 一一四万円

⑥ 八七-〇五ユニット株式型 七〇〇万円

⑦ 新バランス八六無分配 一〇〇万円

⑧ ストックボンド八六無配 一三五万円

⑨ チャンス八六無分配 一〇〇万円

⑩ スペース八六無分配 二〇五万円

⑪ トライアングル八六無分配 二〇〇万円

⑫ スペース八七無分配 五三六万円

⑬ システム八七無分配 一〇八万四九〇〇円

⑭ インカムファンドグロースF 一三〇万二六九八円

⑮ ジャンボ二回 二〇〇万円

合計 二九五三万七五九八円

(2)  原告X2について

① バランス八五無分配 一〇〇万円

② 八五-一一ユニット株式型 六万円

③ 新バランス八六無分配 一〇〇万円

④ スペース八六無分配 九万円

⑤ 八六-一一ユニット国債型 一一〇万円

⑥ 預り金 一万二七〇〇円

合計三二六万二七〇〇円

(3)  原告X3について

① ジャンボ二四 八〇万円

② 八七-〇六ユニット株式型 二四六万円

③ 預り金 五五〇〇円

合計三二六万五五〇〇円

(4)  原告X4について

① エクィティファンド 一一四万七四一六円

② 八七-〇五ユニット株式型 三七〇万円

③ 中期国債ファンド 一〇万六九四七円

④ 預り金 九八〇〇円

合計四九六万四一六三円

(5)  原告X5について

① ジャンボ二回 六〇万円

② 八五-〇八ユニット株式型 一〇〇万円

③ 株式転社ファンド八七無配 五〇〇万円

合計六六〇万円

(6)  原告X6について

① FNMA一〇万ドル 九二万三一五〇円

② バランス八五無分配 一〇〇万円

③ 八五-一一ユニット株式型 七万円

④ 新バランス八六無分配 一〇〇万円

⑤ スペース八六無分配 一〇万円

⑥ トライアングル無分配 一〇三万円

⑦ 預り金 二八〇〇円

合計四一二万五九五〇円

2  そして乙第一ないし第六号証及び被告Y1本人尋問の結果によれば、原告らのその後の取引状況は概ね別紙取引表記載のとおりであったことが認められる。

三  原告らは、被告Y1が担当者となってから、同被告は原告らからの指示がないまま無断売買を繰り返した旨主張する。

1  そして甲第一号証(原告X1の陳述書)二項中には、「昭和六二年七月ころ、大和證券豊中支店から連絡があり、B氏が転勤になり担当者がY1に替わったのですが、このあとY1による無断売買が始まりました。私がなぜ無断売買に気がついたかと言いますと、私のところに送られてくる本件原告ら名義の「取引応募承諾書」や「お取引残高のお知らせ」などの中味のすべてが全く私たちの知らない取引なのです」との、原告らの主張に沿った記載がある。

しかしながら、原告X1は、当公判廷で、被告Y1が担当になってからは売買に当たって全く連絡のないものがあったが、同時に電話で「これが満期になったから、これを買います」ということもあり、どの取引について電話がなかったかを特定できない旨、被告Y1は電話で「これが満期になりましたから、これを買っときますから」というふうに非常に一方的だなと思ったが、同被告から言われたものについて暗黙の了解ないしは事後承諾的な形があった旨各供述する(第一四回口頭弁論同原告調書四〇、四一頁、第一五回口頭弁論同原告調書七、八頁)のであって、当初の被告Y1との取引について、必ずしも無断売買とは考えていなかったことがうかがえ、原告らの主張とは相反するのである。

2  そして、被告Y1本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告Y1は原告らの取引すべてについて原告X1と話をしていたこと、専ら電話で買い注文や売り注文を受けていたこと、注文があった際には注文伝票にその旨を書いて注文を出し、被告会社の管理課において伝票を集計し、取引明細書を原告らに送付していたこと、平成二年以前には原告X1から被告会社豊中支店に対して、右取引に関して異議が出されたことはなかったことがそれぞれ認められる。

3  その上、乙第三一ないし第三五号証によれば、原告X1は昭和六三年一〇月一四日付けで、原告X2は同年一二月七日付けで、原告X3は平成元年一二月一二日付けで、原告X4は同年七月一二日付けで、原告X6は昭和六三年一二月七日付けで、それぞれ積立投資ステップ(パーソナルライフプラン)の取引申込みをしていることが認められ、原告らはいずれもそのころ被告会社との間で右ステップ取引をなす意思があったことがうかがえるのである。

4  たしかに、この間の取引に関しては被告らから注文伝票等の提出がないが、これは被告会社豊中支店では阪神大震災の際に保存倉庫が大混乱となり、保存期間を経過した書類を廃棄したためであること(弁論の全趣旨)がうかがえ、右取引の時期等に照らすと、このような原始書類の提出がないからといって、個別の取引の存在を否定することはできない。

5  これらの事実によると、甲第一号証の前記記載は措信できず、被告Y1が昭和六二年七月ころより無断売買をしていたことを前提とする原告らの主張は失当というほかない。

6  したがって、右を前提とする原告らの主位的請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

四  そこで、予備的請求について判断するに、原告らは、平成二年三月二八日に現金一〇〇〇万円を被告Y1から受け取ったときに、今後取引は全部解約する旨述べたにもかかわらず、被告Y1はその後も無断売買を繰り返した旨主張する。

1  原告X1が平成二年三月二八日に被告Y1から現金一〇〇〇万円を受け取ったことは当事者間に争いがない。

そして、原告X1は、同原告はこのままではいかんと考え、被告Y1に対し、「今引き出せるお金はどれぐらいあるか」と聞いたところ、同被告は「一〇〇〇万円ぐらいなら引き出せる」ということであったので、これを引き出すこととし、同被告が現金一〇〇〇万円を持参してきたときに同被告に対して、今後全部解約して早く持ってきてほしい旨言ったが、その後も無断売買がなされた旨右主張に沿った供述をする(第一四回口頭弁論同原告調書一四頁ほか)。

2  しかしながら、被告Y1は、右一〇〇〇万円の引き出しについては、ステップの売却代金を持参したもので、その際原告X1より全部の取引を解約するような話は出ずに、今後は「転換社債で売買をやって行きませんか」という話となり、その後は転換社債の取引が多くなった旨供述する(第一二回口頭弁論同被告調書一二頁)。

3  そこで、検討するに、前記甲第一号証中には、平成二年三月二八日当時のやりとりについての記載が全くないのであり(原告らの主張によると、右時期は重要であり、したがって当然に陳述書中に何らかの記載があるはずである)、また本件全証拠によるも、原告X1がその時点での保有証券等の種類・その時価・その償還時期等を被告Y1に問いただした事実も認められないのである。

この点について、原告X1は一〇〇〇万円以外のものについては被告Y1から「クローズドであるから」との説明を受けたというが、無断売買を繰り返していて、信用できないと感じていた同被告の右説明を同原告が安易に信じたとするのも不自然であるし、仮に「クローズド」であるという同被告の説明があったのであれば、いつどの証券について拘束が解かれ、それによっていくら償還されるのか等を個別に報告させるべきであると思われるのに、当時このような報告をさせた形跡も認められないのである。

4  また原告らは、平成二年三月二八日以降の取引が無断でなされたものであるとするが、(1)前記認定のとおり原告X1はグローバル、エスキャップファンドを平成二年四月二〇日に買い付けたことになっているが、乙第九号証の一、二によると、同原告は右預り証を所持していたことがうかがえ、(2)同様に同原告はバンカメリカを同年六月六日に買い付けたことになっているが、乙第八号証の三によると、同原告は右預り証を所持していたことがうかがえ、(3)また原告X2はインドネシアEファンド及びグローバル、エスキャップファンドを同年四月二七日に買い付けたことになっているが、乙第一三号証の一、二によると、同原告は右預り証を所持していたことがうかがえ、(4)原告X5もグローバル、エスキャップファンドを右同日に買い付けたことになっているが、乙第一四号証の一、二によると、同原告は右預り証を所持していたことがうかがえ、(5)原告X6もグローバル、エスキャップファンドを右同日に買い付けたことになっているが、乙第一六号証の一、二によると、同原告は右預り証を所持していたことがうかがえるのであって、前記認定のとおりこれらの買付がそれぞれ既に保有していた証券等を売却した代金によってなされたものであることに照らすと、原告らは少なくとも右各取引を知っていたものということができるのである。

5  また原告らの主張によれば、被告Y1はその後も無断売買を繰り返したことになるが、原告X1が被告会社豊中支店に右の件で話に行ったのが、平成二年九月ということであり、右時点から約半年も経過していること、その後も被告会社から取引明細書が原告X1宛に送付されているが、同原告がこのことについてすぐに異議を言った形跡もないことなどによれば、原告らの主張は不自然というほかない(原告X1は、被告会社豊中支店に行くのが遅れた理由として、夏は夏期講習などで忙しかった旨供述するが、同原告からの申入れにもかかわらず、無断売買がなされていたという切迫した状況であるとすれば、同原告の右対応はやはり不自然というべきである)。

さらに主位的請求原因3(2)の事実のうち、原告ら主張の書面が被告らに到達したことは当事者間に争いがないところ、原告らが被告らに対して、弁護士を通じて預託金の返還を求めたのは平成四年五月になってからである上、甲第三号証によると、原告らは右返還を求める書面中で「平成二年九月初め頃と一〇月一八日頃の二回にわたって、貴社に赴くなどして、無断取引の中止と金額の引き上げを申し向けた」と記載し、預託金の返還と平成二年一〇月一九日からの遅延損害金の請求をしているが、同年三月二八日の件については全く記載していないことがうかがえるのであり、この点からも右時点以降の取引が無断であるとする原告らの主張は理由がないというべきである。

6  これらの事実によれば、原告らは平成二年三月二八日以降も従前どおり買付を含む取引が継続されていることを知っていたものというべきであって、原告らが主張するように、右時点で取引の全部解約を申し入れた事実はこれを認めることはできない。

7  原告らは、被告Y1が無断売買をしていた事実を証するものとして、甲第一〇号証(平成二年一〇月下旬ころの原告X1と被告Y1との会話を収録したテープの反訳書)及び検甲第一号証(右録音テープ)を提出する。しかしながら、右証拠中にも被告Y1が無断売買の事実を積極的に認めている箇所は見当たらず、右証拠によって、原告らの無断売買の主張を認めることはできない(たしかに、右証拠中で原告X1が無断売買をしたとして、被告Y1を非難しているのに対して同被告が明確な反論をしていない部分もあるー甲第一〇号証一一頁、一六頁ほかーが、これらは同被告が顧客である原告らに損をかけたといういわば弱い立場から反論をしていないとも考えられ、このような部分があるからといって、同被告が無断売買を認めたとは考え難い)。

8  また原告X1は、被告Y1に無断取引をしていることが分かってから無断でした取引を書いてこいと言ったところ、乙第四四号証の一ないし五の表を持参した旨供述するが、被告Y1本人尋問の結果によると、同号証は平成二年一〇月二二日時点でそれまでの損得を原告X1からの要求でまとめた表であることがうかがえ、同号証の存在は前記認定を覆すものとはいえない。

9  よって、その余の点を判断するまでもなく、原告らの予備的請求も理由がない。

五  以上の次第で、その余の点を判断するまでもなく、原告らの主位的請求及び予備的請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 竹中邦夫)

〈以下省略〉

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